パネルディスカッション
進士 きょうのシンポジウムは「川の育むもの」ということですので、最上川の話からうかがおうと思います。柴田さんからお願いします。
柴田 「美しい山形・最上川フォーラム」は、平成13年に発足しました。現在の会員は約5000人、企業の方々を入れると約5400者です。私は2代目の代表を5年間務めています。
会の目的は、最上川の健全で快適な水環境を、自信を持って整備していくことです。具体的には、ゴミ問題や水質調査などに取り組むとともに、経済活動が元気になるような試みも行っています。
また、河川や自然環境を良くするには、時間がかかりますので、子どもたちの教育文化活動にも重点を置いています。
つまり、エコロジー(Ecology)とエコノミック(Economic)、エデュケーション(Education)の3つのEが柱です。
産学官公民で知恵と力あわせる
こうした県民運動を進める上でのキーワードは、「知恵と力を合わせてやろう」ということです。そのため、産業界と大学などの教育、行政、NPOなどの公、人々の民、「産・学・官・公・民」の人たちが対等の立場で議論します。
議論が難しく、どこで折り合いをつけるかという時は、「美しい山形をつくろうということに関しては官も学も公も民もないでしょう」と、一緒になって考えています。
松田 明治11年にイギリスの旅行家・イザベラ・バードが金山町を訪れました。その時の様子が『日本奥地紀行』という本に記されています。
「険しい尾根を越えて非常に美しい風変わりな盆地に入った。ピラミッド型の杉の林に覆われ、そのふところに金山の町がある。ロマンチックな雰囲気の場所である」
今もその風景はあまり変わっていませんが、昭和40年代後半になると、必ずしもわれわれの意図しない住宅が目立ち始めました。従来からある金山杉を使った家並みが崩れつつあったのです。
町の基幹産業は農業や林業といった第1次産業であり、木造住宅産業は町にとってきわめて大きな産業の一つです。それを大事にして、少しでも活力が出るようにしていかなければならないと考えました。
町単独の条例としては全国でも珍しかったと思いますが、昭和63年に「金山町町並み景観条例」を制定しました。金山住宅の標準に合わせた住宅を建てる場合、町が最高50万円を補助するものです。
これに対し、「住宅はあくまでも個人の財産ではないか」「そういうところに税金を使うのはいかがなものか」というような意見がありました。
家並み町並みは町民の共有財産
確かに住宅は個人の財産ですが、家並みや町並みは町民全体の共有財産であることを理解いただきながら町の基準に合った住宅整備を進めてきました。
条例ができて二十数年になりますが、金山型住宅は点から線へ、線から面に整備が進んでいます。
水戸部 私は『月山ダム物語』という本を書きました。月山ダムは、昭和48年の予備調査から始まって27年間かけて完成しました。
自然に大手術をする公共事業とはどんなものか、水利権とはどのように合意形成がなっていくのか、新しいダムができた後、住民たちはどんな風に変わっていくのか。もし、これをずっと追跡できれば、公共事業に対する何かしら結論めいたものが出ると考え、16年間取材しました。
ドラマティックな最上川を発見
その後、港めぐりをしました。ダムと港をめぐって、それに川があれば公共事業の底辺を探れるのではないかということが私の目論見でした。
現在、建設通信新聞に全国の一級河川を紹介する『名川紀行』を連載しています。
これまでに105河川を回り終えました。その中で「最上川はとってもステキな川だな」と思うのは、源流に「火焔(ひのほえ)の滝」という滝があります。ダ、ダ、ダ、ダーンと流れて、最後に河口部になったときに、「熱き日を海に入れたり最上川」という感じで、ジューッと沈んでいく、ドラマティックな川だということを発見しました。
青山 日本には、いろんな川がありますが、総じて美しいと思います。細長い列島の真ん中に3000m近い高い山があって、そこから太平洋と日本海側の両側に分かれて川が流れるわけですから、文字通り急流です。
日本の川は急流であり、そしてよく雨が降ります。日本海側は雪も降ります。
ちょっと脱線しますが、地球の温暖化が始まっています。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書が、ことし出ました。
結論的に、日本付近は地球温暖化で雪が減って、雨の降らない日が増えますが、年間の降雨水量は増加します。
ちょうど、ことしの気候が予測値によく合った傾向を示していると思います。冬の雪が少なく、梅雨が長く、梅雨明け後はカンカン照りの日が続く。短時間に雨がダーッと降るのです。
また、雪解けの時期が1カ月程度、早まります。稲作は、雪解けに合わせてやっていると思いますが、4月に早まることによって、5月の水量は減ります。そのときに田植え、代掻きがどの程度できるかが心配されます。
「いも煮」文化育つ素晴らしい川
われわれの生活の仕方で起こっている地球の温暖化が、実 はわれわれの農業の仕方にまで響いているということを、この機会に申し上げます。
いずれにしても、最上川は素晴らしい川です。川原でみんなが一緒に「いも煮」をやるという文化が育っている川というのも非常に珍しい地域ではないでしょうか。
本間 私が生まれたのは、飯豊山のふもとの南小国村、今の小国町です。宇津峠を越えて、山形に居を据えたのが昭和26年です。以来、山形にお世話になっています。
建築評論家の馬場璋造さんが年に1回、大学を出て建設関係で働いて10年以上たっている人たちを集めて勉強会を開いています。
愛する山形の大地で創造的な仕事
数年前、この風雅の国に30代の方々が集まって、私がレクチャーした時に「なぜ山形にいるのか」という質問をされました。私は、「山形の大地を愛しているからだ」と答えました。
この建物を建てる時、軸線は立石寺の奥の院に向けました。
東京駅の修復の仕事をしている元所員から「所長によく教育されたけれど、建物の軸線はどうするかなんてことは東京では考えられない。建物がどっちを向くかは、道路や敷地の状況で決まってしまっているのに、大地の上で仕事をするような感覚にはなれない」という実感のこもった手紙をいただきました。
この山形で創造的な仕事をすることは、大変うらやましいことなのだと思います。改めて皆さんとともに山形の大地を愛して、いい景観をつくっていきたいと思います。
進士 「マンメイド・ランドスケープ」という言葉が昔から使われています。人がつくった風景です。大体は神様が創って人間に与えたものだという風に考えてきたのですが、人がつくったのだと思わないと責任を取らなくていいことになってしまうわけです。
風景は人がつくる。けれど、風景を守るとか育てるのは今まではあまり考えてこなかったため、「美しい」なんていう言葉が法律用語になることはありませんでした。
活力、経済を無視せず景観をつくる
ですが、ここ20年ぐらいの間に、600近い自治体が景観条例を制定しました。やはり、風景が大事だということと、風景はただ美しさということだけじゃなくて、柴田さんが強調された3つのE、エコロジーで、エコノミーで、エデュケーションが重要だということでしょう。
一方、環境を主張する人は、エコロジーだけしか言わないのも事実です。ですから環境を守る人は良い人で、開発する人は悪い人で金儲けだけ考えているという風に二分法で考えてきました。
でも今は、アメニティーや景観も大事にしなければいけない。しかしそれは、活力、経済を無視していいのではない。むしろそれが経済も元気にする。風景を経済にしているのが観光です。今までは保護か開発か、保全か開発か、お金か景観の魅力を守るか、というふうに二分法で考えていたと思います。企業か市民か、行政か市民か、みんな二分法で考えてきたと思いますが、そうじゃないということです。
では柴田さんから、最上川フォーラムの具体的な成果をご紹介いただいて、元気づけをしていただこうと思います。
柴田 一つは、身近な川や水辺の健康診断です。もう5年くらいになりますが、いろんな場所の水がどのくらいきれいになってきているかということを、学校の授業などでもやってもらっています。
今までは、きれいなことがいいことだという形で、人が住んでいない山の中が一番いいということになっていましたが、本当はそうではなくて、今まで汚れていた水がきれいになるということ。そのきれいにする度合いを評価すべきだと思っています。
川辺に桜植え人を寄せつける
もう一つは、観光資源のような、地域の誇りになるものを山形につくろうということで、桜を意識的に植えています。山形は桜が美しいところで、全国の巨木の3割くらいが山形にあります。
これは具体的にJTBがわれわれの活動を評価してくれて、山形に桜を見に来た人から一人100円お金を集めて、われわれに寄付してくれています。昨年は360万円位になりました。
また、桜を最上川の川辺に植えるのは、川に人を寄せつけたいからです。川がいかに汚いかということは、川に人が行かなければ汚さは分かりません。
松田 100年後の金山町が、いわゆる金山住宅のショールームになるようなまちづくりを目指しています。
専門的なことは分かりませんが、美しいまちづくりというのは終わりのない施策だと思っています。まちづくりは、時代とともに進歩するものであって、人間の力によって良くも悪くも制御できるものではないかと考えています。
100年後のまちづくり夢見て活動
今こそ次代の子どもたちに、美しい風景を継承するため、何が必要で、われわれ大人は何をしなければならないのかということをもう一度考えながら、100年後のまちづくりを夢見て頑張っていきたいと思っています。
水戸部 日本の川をめぐって、とにかく驚くのは、洪水が一度もなかったという川がないことです。洪水が沖積平野を運んできて、日本がその上に載っているような感じです。これは教科書でも習わなかったし、自分で確かめてみて、洪水の無かった川が皆無だということはやっぱり驚きでした。
産湯を使った川が最高と思う
生まれ故郷というのは独特な味と独特な価値観を持っているもので、産湯を使った川が最高だとみんな思っています。建物とか何かとはまた別の意味の、「産湯」という直接のかかわりじゃなかろうかと思います。
山田洋次監督の寅さんシリーズ48作品のうち29作品に江戸川がでてきます。決して東京の川は汚くないし、寅さんがいつも恥ずかしそうに鞄を提げて江戸川のほとりをトントコ、トントコと歩いて帰ってくる。
山田監督は、「日本人の水に対する愛着は稀なるものだ。どんな出来損ないの映画でも水のシーンを映すと観客がホッとして安らいで、何か箸休めのような感じになる」と言っています。
青山 日本の川の水質は、私はものすごく美しくなったと思っています。東京オリンピックのころは、隅田川なんかひどいもので、(水質汚濁物質濃度は)35ppmから40ppmありました。それを下水道と浄化用水の整備によって5ppmまで改善しました。
住まい方と自然を合わせた「恵み」
ただ、東京周辺の川では5ppmの壁があって、なかなかそれより良くなりません。最上川のような川は、その水準よりはるかに低い、良い水質を持っています。これは人間の住まい方と今までの自然の恵みが合わさった、まさに「恵み」としか言いようのないことだろうと思います。
本間 山形の景観を考えるとき、山形の山や川は大きな資源です。最近、里山や森林地帯の荒廃が問題になっています。
景観と併せて治山ということを考えていくと、年間、山形で育つ森林の量は、われわれ県民がみんなそれを活用しても環境破壊にならないだろうと思います。
その土地の木材が環境に一番やさしい
専門家によると、日本で年間生産される針葉樹の量は、北米全体とかロシア全体の針葉樹の生産量に匹敵する世界の三大資源の一つだと言われています。
われわれはもっと木造建築を改めて考えてみる必要があるのではないかと思います。木造建築には屋根をかけますが、それが山形の景観の全体の大きな流れになると考えています。
景観をつくる意味で、その土地から出る木材を使うのが一番環境にやさしいし、年間成長する森林材はそれ以上使わなければ環境破壊になりませんから、国産木材でもっと建物をつくるべきです。
進士 「景観10年、風景100年、風土1000年」という言葉があります。まちづくりというのは10年ぐらいのオーダーではなく、100年、1000年ということだろうと思います。
人間の歴史は非常に短いですが、そういう多くの先輩たちがつくって風景は受け継がれてきて、これからもつないでいくわけです。今、われわれがつくるものは、これから先の子どもたち、孫たちが風景として評価できるかどうかが重要です。
その土地に根づいた本物の材料、その土地の技術、自然や風土というものをよく考えて、雪の多いところでは雪の多いなりに、つくっていく。その時に山形は、本当に山形らしくなるはずです。
みなさん、これからもすばらしい風景をつくってください。本日は、ありがとうございました。
満席となった会場