【NPO美し国づくり協会理事長 進士五十八氏/美し国−みんなちがってみんないい】
玉名は、九州新幹線が開業し、これから街づくりの本番を迎える。気になるのは、新幹線が開業すると全部、新幹線型の街づくりになってしまうこと。それでは、パッとしない。やはり、玉名らしい街をつくっていただきたい。
われわれのNPOは、美しいではなく美し(うまし)と読む。やまと言葉で、標準的な美しさではない。景観法が制定され、日本中の自治体が景観行政に取り組み始めたが、考えることは電柱の地下埋設化とか看板を無くせとか同じこと。今日のテーマは「みんなちがってみんないい」。
私が両手を広げても、
おそらはちっとも飛べないが、
飛べる小鳥はわたしのように
地面(じべた)は速くは走れない
私が体をゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ
鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい
金子みすゞの有名な詩「わたしと小鳥と鈴と」は、鈴と小鳥と私とを同列に見て、それぞれの個性を理解している。西洋の価値観にはない考え方だ。
いまの社会は二者択一論が多すぎる。現実は3つ以上ある。環境も自然だけと理解している人が多いが、昔から天地人と言われるように、実際は自然的環境、社会的環境、文化的環境の3つが持続しなければならない。阪神・淡路大震災と東日本大震災は都市型と農村型で全然違う。それを同じような基準を作ってやろうとするから問題がある。多様に、それぞれの場所に合わせてやることが大切で、わたしは、その結果が風景になると思っている。ランドスケープ・ダイバーシティーということを言いたい。
六本木ヒルズは、建物とその周辺のデザイナーが違う。オーナーの考えで、それぞれ得意な人に任せている。行政は、そういうことを考えなければならない。全部一括発注するのではなく、本当にその作家やデザイナーの個性を把握し、それを生かすことが多様性を作る。
3つの共生というのをいつも言っている。生物などとの共生、環境との共生、都市や農村、先進国と発展途上国など地域間の共生だ。この3つの共生を具体化するときに緑とか自然は有効だと思う。4つのネットワークということも言っている。
防災の話や都市の機能を考えるときはオープンスペース・ネットワークが大事だ。 それは生き物の生きる場所にもなるし、そこは人の場所になる。いい庭園があったり、いい公園があったり、いい広場があれば、人が集まる。老人と若者が触れ合うところ、男と女が出会うところがある。人間のコミュニケーションの場所だ。
玉名の蓮華院・奥之院の五重塔を下から見上げることによって、あの山は街のものになっている。あるいは菊池川の対岸から見ると玉名の街が一つに見える。これがランドスケープ・ネットワークだ。敷地の中で考えないで、大きくとらえることが重要だ。しっかりその土地から考える。最初に空から見て、海、山、川、大きな道という額縁で大きくとらえることが必要だ。最後がデザインだ。
玉名の場合、10年前から「街の個性を」という看板が出ていた。そういう運動をさらに進めてほしい。そして全体の個性化を図る。玉名の中でもそれぞれの地域が違った方がいい。開発とのバランスも大事だ。開発というと破壊という印象があるが、それは開発の仕方が悪いから。スピードが速過ぎたり、事故があったり、やり方が悪い。
開発はその土地の持っている能力を引き出すこと。人間の場合の教育と同じ。そして、それをやるには資源を使う。道端にあるものに光を当てる。それに意味をつけて名前をつけると、それは立派な財産になる。
最後は、まちづくりを具体的にどうするか。ゴールはアメニティーのあるまちづくり。基本的なチェックリストは、安全で便利かどうか、美しいか、生き物がちゃんと生きているか、地域らしさやその時代の要請にかなっているか。最終的にはふるさとを実感できるか、堪能できるかだ。
まちづくりというと都市整備というハード面が強く出過ぎる。それが必要な場所もあるが、それだけではない。風景でいうと背景と全景があるが、どうしても背景を忘れてしまう。造った物にばかり目がいって、その色と形だけ議論する。それは末端の話で、むしろ背景全体、街全体を先に考えることが大事だ。材料は地場材料を使う。どこの地方にも素晴らしい地場材料があり、地方の技術がある。その土地ならではの技術を生かすことが個性を作る。
土地の良さを生かしながら、みんなで元気になれる個性的な自分なりの街、「みんなちがってみんないい」という街を造っていただきたい。
