江戸をベースにした再生循環型都市への提案

涌井史郎氏

 

 実は、幻の東京オリンピックというのがありました。1940年(紀元2600年)に、オリンピックと万博を一緒に東京で開催しようと企画されたことは、意外と知られていません。満州事変の真っただ中に立候補したのですが、面白いことに英国も米国も反対票を投じてない。すなわち、日本に平和の戦列へ戻ってほしいという願望がその後ろ側にあったのではないか。残念ながら、それは太平洋戦争に向かう道筋の中で消えて行くわけですが、その後、敗戦を迎えて東京オリンピックに至る。

この東京オリンピックには、大義名分がありました。すなわち、サンフランシスコ講和条約を結び、朝鮮事変の特需によって日本が経済復興して、新幹線が開通し、東京タワーが建ち、首都高速道路の一部がつくられた。シャウプ勧告も受けて、近代日本としてスタートします、国際社会に復帰しますという1つのデビュタントです。考えてみれば、GDPがある一定の水準になった国は、必ずオリンピックや博覧会を開き、先進国になっていく。

 ところが、先進国としての日本が2度目のオリンピックを開く意味は、いったい何か。経済的な効果があるといわれますが、カネのためにやるのか。そうではないだろう。幕末に日本に来た多くの外国人は、こんなことを言っています。「人々は貧しい、しかし幸せそうだ」。貧乏人は存在するが、貧困である者は存在しない。これが日本的な考え方です。

 デビュタントということでは、イスタンブールにやらせればよかったわけです。イスラム世界で、これから先進国の仲間入りをする。東京が立候補してそれを取ったことには、それなりの責任がある。まさにそこがレガシー・プランに関わってくる。

 では、オリンピック・レガシーとは、いったい何か。「オリンピック競技大会のより良い遺産を開催都市並びに開催国に残すことを推進する」、これがIOCの定義です。この規定が憲章に盛り込まれたのは、ロサンゼルスオリンピックが成功してから、オリンピックが商業主義になり、放映権などの手数料が入ってIOCが水膨れになったことに対して相当の批判があり、IOCとして未来の展望をしっかり持つ必要があったことが大きな理由だと思います。

 レガシーの概念理解を深めるには、3つの重要な軸があります。ポジティブなものか、ネガティブなものか。有形のものか、無形のものか。予め計画したものか、偶発的なものか。これらの要素をオリンピックの六面体ととらえ評価をしていくことが必要です。

 ロンドンオリンピック・レガシーにも、非常に大きな意味があると思います。いま世界各国とりわけ欧州先進諸国では、「ネイバーフッドへの開扉」が非常に重要になっています。われわれ日本人も、いま深刻に受け止めなければいけないのは、これまでは「技術の専門家が民衆をリードするのだ」という錯誤がありました。しかし残念なことに、“フクシマ”以来、技術屋の評価は地に堕ちてしまった。いまわれわれに問われているのは、「デモクラシーとテクノクラシーがどういう関係にあるべきなのか」。それは、「上から目線のテクノクラシーをデモクラシーの中にどう落とし込んでいくか」と考えるのではなくて、「ネイバーフッド・レベルの市民がどういう感覚にいて、テクノクラシーを持っている者がどうやってサービスを供給していくのか」というアプローチが、非常に重要だ。ロンドンオリンピックはそういう目線で行われました。

 しかも、英国政府は、自分の国に対して非常に客観的な評価をしたわけです。かつての英国のランドスケープが残っている面積は、わずか20数%しかない。産業革命やその他のことで、英国は結果として天賦の自然をどんどん開発してしまった。そうしたプロセスに対する英国人自らの自己反省が、ガーデニングとか園芸という独特の文化を生み出し、植民地経営でも植物を中心にする殖産事業に成功をもたらすような、ある種の文化を築いてきた。

 したがって、ロンドンオリンピックの会場一帯に、ありとあらゆるイングリッシュガーデンをつくる技術を結集するとか、「2012庭園」というオリンピックパークに野生植物を植え込んでいく計画を立てる。あるいはテムズ川からこの中に運河を引き込み、運河をエコロジカル・ネットワークとしていこうと計画する。「ロンドンオリンピック・レガシー開発公社」というものまでつくって、レガシーの問題をきちっと議論していった。

 しかも、時の政権ブレアは、「ロンドンのひとり勝ちにはしない」ということで、このモデルを全英国に展開しようと、ピーターラビットなどがキャンペーンされて、湖水地方にまで観光客を回していく発想が出て来ました。

 日本がいまの時代に世界に対して、レガシーというものを掲げながらメッセージを出していくとしたら、それは2つの問題に絞られると思います。

1つは、COP19(第19回気候変動枠組条約締約国会議)が昨年ポーランドのワルシャワで行われ、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)がことし横浜で開かれてもうそろそろ報告書が出ます。地球温暖化問題は相当深刻だということです。あわせて、生物多様性COP10(生物多様性条約第10回締約国会議)が2010年に名古屋で開かれ、今年は生物多様性COP12が韓国の平昌で開かれます。

 その中ではっきりしていることは、地球は半径6400kmもあるが、生物が生息できる範囲はたかだか30`bだ。非常に薄くてデリケートな膜だ。この膜は46億年の地球の歴史の中で28億年かけてできた膜であって、この生命圏の中にこそわれわれの地球が存在する。この生命圏こそまさにガーデンである。すなわち「囲われたエデン」である。この生命圏をどうやって維持していくのか。その生命圏の中におけるさまざまなエネルギーや物質の代謝の量、浄化の規模はおのずと限界がある。そのキャリング・キャパシティ(環境容量)の中で、人間の生活をどう維持していったらいいのか。これが大きな課題です。その結果として、CO2の増大が世界の平均気温を上昇させて、しかも多様な生物の絶滅数を増やしているという理屈になる。

 そうした意味で、持続的な未来に向けて「環境革命」という新しい概念で、日本は世界にオリンピックを通じてどのようなまちづくりや都市計画を発信できるのか。世界人口の約6割が都市人口です。石油が商品化されて大量に使われてしまう。しかし地球が抱えられる環境許容量は決まっている。そうすると、もう右肩上がりの思想ではなくて、司馬遼太郎さんがいま生きていれば「坂の上の雲」ではなく「坂の下の泥沼」という小説を書いたのではないかと思うような、下り坂の話になる。同時に、その下り坂は決して後ろ向きではなくて、むしろ豊かさを「追い求める」から「深めていく」プロセスになる。貧乏でも貧しさを感じない形で「バックキャスト」していく。五木さんが「下山の思想」という本を出されて、まさにそういう1つの方向を明示しておられます。すなわち、人間と自然のバランス、現存世代内での先進国と発展途上国のバランス、将来世代の取り分をわれわれの世代が奪わないというバランス。こういうことを技術的命題としてどう解決していくのかが1つ目の問題です。

 もう1つは、日本沈没の可能性といえば過剰ですが、東南海3連動地震、さらに首都直下型地震が発生する可能性が高い。ましてや福島原発の問題は全然解決していない。こういう中でわれわれは災害に対してどのような対応をしていくのか。ましてや、われわれは東日本大震災で世界中に助けられた。それに対してオリンピックでどういう答えを出していくのかが非常に重要だと思います。

 これから都市間競争の時代と言われている中で、日本がどういう都市の個性を世界に明示していくのか。欧州の都市は、城壁によって自然と人工を切り分けたと言っても言い過ぎではありません。この中でさまざまな産業革命が起きたものですから公害問題や公衆衛生問題があって、しかも、火力の巨大な兵器ができて城壁も役に立たなくなった。そこでこれを壊して環状の緑地帯になってきたわけですが、日本は、実は最初から環状の緑地帯があった。大名庭園、里山、僧院、寺院に囲まれて、農地もあった。見事な循環型、自然共生型の庭園都市、世界環境都市があった。この点にわれわれはもう一回着目する必要があるのではないか。

では、なぜそのような都市が生まれてきたのか。それは日本の国土の特質です。つまり、南北の違いや海流によって気象がさまざまに違っている。日本は、ドイツ連邦共和国とほぼ面積が同じですが、山脈があるために国土の半分以上が積雪・豪雪地帯で、川は勾配がきつい。それが平野部に押し寄せてきますから、水郷のような国土になる。なおかつ、世界の0.25%しかない陸地面積の中で、世界中のマグニチュード6以上の地震の2割以上が起きている。これが、自然共生型の都市をつくらざるを得なかった大きな原因ではないかと思います。

 最近、私は「いなしの知恵」という本を出しました。日本人は自然に対応するときに、自然を克服すると考えないで、「いなす」とか「しのぐ」という考え方でやってきたのではないか。こういう中で、自然の恵沢を最大化し、自然の暴力を最小化するということだと思います。日本の美といいますが、火山、風水害、ネガティブに来る災害要因は、美しいものの反対側にある。そのために日本人は里山をつくり、あるいは信玄堤のように水の量ではなく勢いをコントロールする発想が生まれた。3.11のときに、東京タワーは一生懸命逆らったけれどもアンテナが曲がってしまったが、東京スカイツリーは木造軸組工法あるいは五重塔の芯柱のような構造を取り込んだがゆえに96%の完成時にあれを受けてもビクともしなかった。つまり「力には力を」ではなく、いわゆる「柳に風」、自己復元力、レジリエンスを大事にするのが日本の1つの考え方です。

先ほど、里山資本主義という話がありました。日本人は、里山から向こう側に外山、奥山、嶽というような神様の領域、つまり人間に勝手に使わせない領域をつくり、そのかわり、里山の内側の野辺、野良、里の中だけで見事に自然を資本化して、元本に手を付けないで利息で暮らせるシステムをつくってきた。

江戸では、江戸川柳の「大家は店子の糞で持ち」という感じ。これは何かというと、店賃が滞っても、食うものを食って出してもらうものを出してくれれば、大家にとっては安定した収入になるということです。つまり、すべからく循環するということです。

 それから、高級な着物は、洗い張りしながら何回も使い回して、やがて古着屋に持って行き、一部はおむつになり、一部はツギハギだらけの着物に変わり、さらに草履に変わるといった形で、当たり前のようにつくり回し、使い回した。そのための商売がいくらでもあって、一種の経済をつくってきた。江戸が持っていたそういう仕掛けを、われわれはしっかり記憶に残さなければいけない。

 世界が環境問題に対してどうするべきかについて、ここでようやく一致点が見えてきます。都市における江戸の方向と、地球環境問題がここで合致するのです。

これまでは、科学技術と多大な投資によって、環境圧をいかに抑制するのか、そして抑制した結果、人間への環境圧をいかに「緩和」するのかが大きなテーマでした。しかし、これは日本のような経済大国でないとできないのです。例えば東京湾の満潮水位から高さ7.2bで300`にわたって防潮堤をつくるなんてことを、発展途上国にモデルとして示すことができるでしょうか。絶対できません。経済力がない人たちが災害で流されないためには、緩和だけではなく「適用」を考えるべきだ。すなわち、自分たちのライフスタイルなり自然に対する姿勢を大きく変えていくべきだという発想に変化していく。これが大きなポイントです。

そういうことから考えますと、江戸は、実に見事に地形的な特性を踏まえて「適用」という考え方の中で物を考えてきている。つまり、コンクリート構造物やカネを注ぎ込んだグレー・インフラを都市の大きな砦にするのではなくて、グリーン・インフラ、自然物の特性を活用しながら減災に努めてきた。江戸はまさにサステナブル・シティであり、「ニュー江戸・東京」をレガシー・プランとして採用すれば、世界に対する日本のモデルの立派な提示になると考えます。

 人と自然の共生を実現したモデル、江戸型の都市構造と社会をしっかりつくっていく。そのためには経済と自然保全の共存、社会資本と自然資本の均衡策による持続可能な世界が大事であり、風土、歴史、文化が必要であり、創造型経済、資的集積が大事であり、レジリエンス性の確保、生態系ネットワークの再生・創造が大事です。

もう1つ大事なことは、どういう国際競争力をつくるのか。最近の競争力は「どんなものがつくれるのか」ということではなく、「クリエイティブ・シティ」と言いましょうか、創造力つまり「どこで、誰に、何を、どのようにつくらせるのか」に集約される。そのために資金をどう調達するのかが、これからの都市の大きな役割で、既に東京の役割はそういう方向に変わっている。そういうことを考えると、社会資本の整備は当たり前。それに対して自然資本をどう整備するのか。そのベクトルの中でレジリエンス性の高い、災害に対する減災機能の高い都市をつくるということです。

 それからもう1つ。「祝祭創造都市」ということもあるのです。多くのクリエーターたちが集まるには、楽しいまちでなければダメなのです。進士先生がダイバーシティと言われたとおりです。私はクリエイティブ・シティには、3つの「T」があると思います。テクノロジー、タレント、そして一番肝心なことはトレランス、寛容性です。異質だから関係ないよと排除したらダメ。寛容性は江戸文化も持っていたし、日本人が自由自在に持っている。そういうものがどうやって都市づくりに貢献していくのかということです。

 自然を共にしつつ、都市、安全、安心、観光、イノベーション、全員参加、健康、スポーツ、芸術、こういったものに関して、クリエイティブ・シティとして江戸をもう一回評価して、東京オリンピックでニュー江戸・東京をどうレガシー・プランとして表現できるか。東京のひとり勝ちではなくて、地方がどのように対応していくか。いろんな高速交通ネットワークがあるわけですから、それらを活用しながら、こうした思想を日本全体にどう拡大するかということが大事です。

サソ